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松山地方裁判所 昭和47年(行ウ)2号 判決 1975年2月27日

松山市ひばりヶ丘四番二三号

原告

早瀬武重

右訴訟代理人弁護士

三好泰祐

松山市西堀端一三番二二号

被告

松山税務署長沖村繁春

右指定代理人

高須要子

卓正

篠原一幸

岩部承志

片山夘三郎

眞鍋一郎

土居鬼志雄

徳永孝雄

横山正之

波多紀幸

右当事者間の昭和四七年行(ウ)第二号課税再更正処分取消請求事件につき、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本訴請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一、原告(請求の趣旨)

1. 被告が原告に対し、昭和四五年一〇月九日付でなした原告の昭和四三年分所得税にかかる総所得金額を一、〇九五万五、四四四円と再更正した処分のうち、三八〇万四、五〇六円を超える部分、並びに昭和四四年一二月二〇日付でなした過少申告加算税一五万三、七〇〇円の賦課決定処分及び昭和四五年一〇月九日付でなした同加算税五万五、四〇〇円の追加賦課決定処分は、いずれもこれを取消す。

2. 訴訟費用は被告の負担とする。

二、被告(請求の趣旨に対する答弁)

1. 原告の請求を棄却する。

2. 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一、原告の請求原因

1. 原告は海運業を営む者であるが、昭和四四年三月一二日原告の昭和四三年分所得税にかかる総所得金額を一四一万六、〇〇〇円(内訳事業所得一〇〇万円、給与所得四一万六、〇〇〇円)と確定申告したところ、被告は同年一二月二〇日付でこれを八七八万一、二四八円(内訳事業所得八三六万五、二四八円、給与所得四一万六、〇〇〇円)と更正する処分及び過少申告加算税一五万三、七〇〇円を賦課決定する処分をなし、これをそのころ原告に通知した。

2. そこで、原告は右処分を不服として昭和四五年一月一九日被告に対し異議の申立をしたところ、被告は同年一〇月八日付でこれを棄却し、改めて同年一〇月九日付で総所得金額を一、〇九五万五、四四四円(内訳事業所得三〇七万八、五五〇円、給与所得四一万六、〇〇〇円、譲渡所得七四六万〇、八九四円)と再更正し、あわせて過少申告加算税五万五、四〇〇円を追加賦課決定する処分をなし、これをそのころ原告に通知した。

3. 原告は更に右再更正処分を不服として、昭和四五年一一月二六日被告に対し異議の申立をしたところ、被告は昭和四六年二月二四日付でこれを棄却したので、原告は同年三月二三日付で国税不服審判所長に対し審査請求をしたが、同年一一月三〇日付でこれを棄却され、同年一二月一一日その通知を受けた。

4. ところで、被告は、右のとおり原告の事業所得について、昭和四四年一二月二〇日付の更正処分をしておきながら昭和四五年一〇月九日付で事業所得を減額するかわりに譲渡所得の更正(課税)処分をなしている。

しかしながら、右事業所得の更正処分と譲渡所得の更正処分とは本来別個の処分というべきであるから、各々の処分はこれを別個独立になすべきもの(争点主義)と解すべきである。ただし、原告の前記2の異議申立は、被告の事業所得の更正処分に対する不服を内容とするものであるから、被告のこれに対する応答は右処分の是非に関してなされるべきものである。それを原告の異議を機会にたまたま譲渡所得の存在が発見されたからといって、総額主義で全体に変動がないからとして異議を棄却することは、納税者の不服申立権ひいては自主申告権を手続上侵害する結果となって妥当ではない。もし、被告主張のような見解をとれば、事業所得の減額と譲渡所得の増額が丁度等しかったような場合には、納税者は異議の申立をする機会を奪われることになり、それが不合理なことは明らかである。

被告のなした本件課税処分は、その手続において違法であるから取消を免れない。

5. 更に、被告の本件課税処分中、原告は事業所得三〇七万八、五五〇円及び給与所得四一万六、〇〇〇円はこれを争わないこととし、譲渡所得七四六万〇、八九四円のうち、三〇万九、九五六円のみを正当なものと認めるので、結局三八〇万四、五〇六円を超える部分は、原告の所得を過大に認定した違法があるから、本件課税処分は取消を免れない。

6. よって、請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。

二、被告の抗弁に対する原告の認否

譲渡所得の更正処分が適正であるとの被告の主張は争う。特に資本的支出について、それが不当なことは後述のとおり。

もっとも、原告が昭和四三年一月に所有船舶興盛丸を訴外西進興業株式会社へ売却したことは認める。

三、原告の主張(再抗弁)

原告は昭和四〇年三月末に所有船舶興盛丸を訴外株式会社古江造船所(広島県豊田郡大崎島字古紅所在)で改造修繕し、その代金として九一五万円を同年五月三一日同社に支払った。そして昭和四三年一月に右興盛丸を売却し、同年三月に新規に船舶泰盛丸を建造した。

そうすると、右改造修繕代金九一五万円は会計学上いわゆる資本的支出とみなされるから、償却費を差引いた残存価額を控除すべきである。

従って、 9,150,000円-915,000円=8,235,000円

8,235,000円×0.071=585,175円

ところで、本件の改造から売却までの期間は三五か月(昭和四〇年三月ないし昭和四三年一月)であるから、

585,175円×35/12=1,695,093円 9,150,000円-1,695,093円=7,454,907円

となり、残存価額は七四五万四、九〇七円になるべきところ、被告側の裁決書によれば七七六万四、八六三円と認定しているので、原告は本訴では譲歩して右金額を容認することにした。

そうすると、七七六万四、八六三円から右算出額七四五万四、九〇七円を差引くと三〇万九、九五六円となるので、原告は被告主張の譲渡所得七四六万〇、八九四円のうち三〇万九、九五六円を認めることとしたのである。

要するに、九一五万円を資本的支出として認めるかどうかが本件の争点であって、これは認められるべきである。

四、請求原因に対する被告の認否

1.2.3は認める。

4. 法律的主張は争う。

国税通則法(昭和三七年法律第六六号改正のもの、以下通則法という)二四条の更正の対象となる事項は、納税申告書にかかる課税標準等(通則法二条六号イからハまで)又は税額等(通則法二条六号ニからヘまで)である。ところで、所得税についての課税標準は総所得金額、退職所得金額及び山林所得金額である(所得税法二二条、昭和四〇年法律第三三号改正のもの)ところ、本件の総所得金額は事業所得、給与所得及び譲渡所得の金額の総計であり、これらはいずれも課税標準を構成するものである。従って、昭和四四年一二月二〇日付更正処分に対する昭和四五年一月一九日付の異議申立については、被告部下係官が調査したところ右処分の金額をうわまわることとなったので、右異議申立は理由がないものと認め、同年一〇月八日付で棄却の決定を行ない、右処分とは別に同年一〇月九日付で所定の更正手続(通則法二八条)を経て再更正(通則法二六条)を行なったものであり、本件更正処分になんら違法は存しないというべきである。

5. 過大認定との主張は争う。

五、被告の主張(抗弁)

(一)、譲渡所得認定の適正について

原告は本件課税処分中、事業所得三〇七万八、五五〇円及び給与所得四一万六、〇〇〇円についてはこれを認めているので、以下においては、譲渡所得七四六万〇、八九四円の算定根拠を述べる。

1. 総収入金額(譲渡価額)

原告は昭和四三年一月に所有船舶興盛丸を訴外西進興業株式会社へ譲渡した。その譲渡価額は三、九〇〇万円である。

2. 譲渡資産の取得費等

原告は譲渡所得の計算に関する帳簿書類を提示しなかったので、被告はやむなく原告の申立等に基づく取引先の調査等によって、譲渡資産の取得費等を次表のとおり二、三一七万〇、二七三円と算出した。

<省略>

3. 譲渡所得金額

総所得金額に算入されるべき課税譲渡所得金額は次表のとおり七七六万四、八六三円となる。

<省略>

4. よって、この範囲内の七四六万〇、八九四円を算入して総所得金額を一、〇九五万五、四四四円とした本件課税処分は適法である。

(二)、過少申告加算税額の適正について

別表のとおり算出したものであり、被告の昭和四四年一二月二〇日付及び昭和四五年一〇月九日付過少申告加算税賦課決定処分は適法である。

六、再抗弁に対する被告の認否

原告は、改造修繕費九一五万円は資本的支出として当該船舶の船価に算入すべきであると主張するが、右主張は失当である。すなわち、原告は被告の当初更正にかかる調査ないし再更正にかかる異議申立の調査を通じて何らそのような申立をせず、また証拠書類等の提示もしなかったもので、審査請求の過程において突如としてそのような申立をし、領収証なるものを提出してきたものである。そこで、高松国税不服審判所の係官は、右調査審理のため原告に対して改造修繕に関する工事契約書、見積書、請求書、代金支払方法及び資金調達関係等の具体的な内容を明らかにする資料の提示を求めたが、これを認めるに足る資料は全く提示されなかった。そこで、右係官は更に原告の関係取引先等につき調査したが、原告の主張する事実は全く認められなかったものである。

第三証拠関係

一、原告代理人は、甲第一、第二、第三号証を提出し、証人渡辺幸男の証言及び原告本人尋問の結果を援用し、乙第一号証の一、二、第二、第三号証の各一、二、三の各成立は不知、その余の乙号各証の成立を認め、第四号証、第五号証の二、第六号証の二ないし七については原本の存在及び成立を認める、と述べた。

二、被告代理人は、乙第一号証の一 二、第二、第三号証の各一、二、三、第四号証、第五号証の一、二、第六号証の一ないし七、第七号証を提出し、証人赤池四郎、同小川良司、同大部基男の各証言を援用し、甲第一、第二号証の成立は不知、同第三号証の成立は認めると述べた。

理由

一、原告の争点主義に関する見解は採用できない。その理由は被告の主張するとおりである。

原、被告双方のその余の主張は、金九一五万円の資本的支出に関する点を除き、当事者間に争いがない。

二、原告は「昭和四〇年三月末に興盛丸を古江造船所で改造修理し、金九一五万円を同年五月三一日支払った。」と主張するが、これに添う甲第一、第二号証、証人渡辺幸男及び原告本人の各供述は、後記各証拠に照して措信し難く、他にこれを認めるべき証拠はない。

三、(イ)、証人大部基男の証言により成立の認められる乙第二号証の三及び同証人の証言によれば、竹原税務署勤務大部基男が昭和四二年三月中旬頃広島県豊田郡東野町所在株式会社古江造船所の昭和三九年四月から昭和四一年三月までの所得の調査を行なったこと、会社の経理責任者から事業概況の報告を受け、備付の経理関係の帳簿、契約書、見積書、領収証控等を点検したこと、同会社が昭和三九年四月から昭和四一年三月までに建造及び修理を請負った船舶の名称、発注者、代金額、契約内容、着工及び完成の日時、代金受領の経緯等をすべて責任者の説明を聞きながら、帳簿、契約書、領収証控等と対照しながら調査したこと、その結果、右期間中に同造船所が原告から興盛丸の改造修理を請負い、代金九一五万円を受領したとみるべき資料は全く存在しなかったことが認められる。

(ロ)、証人小川良司の証言により成立の認められる乙第三号証の一、二、三、成立に争いない乙第七号証及び同証人の証言によれば、神戸市生田区浪花町二七番地新栄海運株式会社が昭和三九年一一月一日から三年間原告から興盛丸を借船していたこと、同船が入渠するため昭和四〇年四月二六日から同年五月九日まで休航したこと、入渠先については入渠前に連絡する義務があること、同会社は原告から同船が同年四月二七日から五月九日まで松山所在門田造船所にプロペラ修理及び配管改造のため入渠したとの連絡を受けたことが認められる。

(ハ)、甲第一号証(領収証)には金二〇円の収入印紙が貼用されているが、昭和四〇年五月三一日当時は明治三二年法律第五四号印紙税法が施行されており、同法によれば受取書は金一〇円の印紙を貼用すべきこととされており、これが金二〇円に改められたのは、昭和四二年法律第二三号印紙税法(施行同年六月一日)によるのである。

ところで、営業を営むものは作成する領収証が多数であるためこれに貼用する印紙は相当数を購入して手持ちしているのが通常であって、そのうちから一枚づつをそれぞれの領収証に貼用するわけである。右領収証に貼用された印紙も古江造船所がその作成する多数の領収証に使用するため購入して手持ちしていた相当数の印紙の一枚であるとみられる。

そして、通常営業を営むものが印紙を貼用する場合法律で定められた金額より多額のものを貼用することはあり得ないことであり、殊に領収証の印紙のように少額であり、かつ、定額であるものの金額を間違えることはないはずである。従って、右領収証に印紙が貼用された時期は、右新法律が施行となった昭和四二年六月一日以降であって、貼用者は、新法律に従って二〇円の印紙を使用したものとみるのが相当である。そして、同印紙には消印が押捺されているが、この消印は印紙が貼用された後に押捺されたとみるべきことは当然である。そして、この消印と会社名下の印影とは同一印章によるものであることは明らかであるから、この二個の印影は、いずれも同一の機会に押印されたとみられる。そうだとすれば、右領収証は昭和四二年六月一日以降に作成されたと認めるほかはない。

(ニ)、公文書であると認められる乙第一、第二号証の各一、二、前掲乙第三号証の一、二、三、証人赤池四郎、同小川良司の各証言、原告本人尋問の結果、争いない事実、及び弁論の全趣旨によれば、原告が昭和四三年分所得税について昭和四四年三月一二日松山税務署に別表(A)確定申告額のとおり確定申告をしたこと、同年一二月二〇日付で別表(B)昭四四、一二、二〇付被告更生額のとおり更正決定及び過少申告加算税の賦課がなされたこと、原告が昭和四五年一月九日異議申立をしたこと、この段階で興盛丸の譲渡所得が明らかとなり、同年一〇月八日付で異議申立が棄却され、翌九日付で別表(C)昭四五、一〇、九付被告更正額のとおり再更正決定と過少申告加算税の賦課がなされたこと、原告が同年一一月二六日異議申立をなし、昭和四六年二月二四日付で棄却されたこと、これに対し同年三月二四日国税不服審判所に対し審査請求をしたこと、この審査の段階において原告が甲第一号証(領収証)を提出し、この点の調査がなされ、同年一一月三日審査請求が棄却されたこと、審査の段階に至るまでに、松山税務署が原告に対し所得に関する資料の提出をしばしば求めていたが、右領収証は全く示されたことがなかったことが認められる。

(ホ) 前掲乙第一号証の一、二及び証人赤池四郎の証言によれば、昭和四〇年当時株式会社古江造船所の代表取締役であった渡辺幸男が昭和四六年五月二五日広島国税不服審判所勤務赤池四郎の質問に対して、「早瀬武重及び興盛丸については全く覚えもなく、そのような多額の船体改造及び主機関補修のためドック入りしたこともない。松山方面の新造及び修繕は、昭和四一年春頃一五〇トン位の興国丸を約一、〇〇〇万円で建造したことと昭和四五年夏頃松丸を約一五〇万円でやったことがあるだけである。」旨陳述していることが認められる。

(ヘ)、原告本人は改造修理の代金九一五万円の調達方法について陳弁するが、成立に争いない乙第四号証第五号証の一、二、第六号証の一ないし七及び弁論の全趣旨に照し措信し難く、また、代金支払の方法も金九一五万円を現金で持参交付したと供述するが、他に安全確実な送金方法があるのにかかる大金をなぜ持参しなければならなかったのか納得できないところである。

以上認定に供した各証拠と弁論の全趣旨を総合して考えれば、古江造船所における金九一五万円の興盛丸の改造修理の事実はなく、甲第一号証は原告が国税不服審判所に審査請求をした時期頃に作成されたものと認められる。

四、以上のとおりであるから、原告には金九一五万円の資本的支出は存在せず、この存在することを前提とする本訴請求は理由がない。

よって、請求を棄却し、民事訴訟法第八九条により訴訟費用は原告の負担とし、主文のとおり判決する。

(裁判官 早川律三郎 裁判官 榊五十雄 裁判長裁判官渡辺一雄は転任のため署名押印できない。裁判官 早川律三郎)

別表 昭和四三年分所得税計算対比表

<省略>

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